病気とは

勧められた本が読まれずに積まれて行く日々。伊坂幸太郎東野圭吾がオススメだそうだ。がっつり読む時間をつくりたいものだ。

 

花粉症に季節だがまだ鼻に異常はない。例年、私は鼻炎気味なので春先は鼻水がとまらなくなる。鼻に異常はないが喉がイガイガする。呼吸するたびに喉仏がグイと押されて痛い。体のどこかが不調だとどうも作業に身が入らない。逆に身を入れないための言い訳が見つかってホッとしているのかもしれない

 

体調不良になると小麦粉アレルギーになった友人のことを思い出す。友人はボーカリストを目指していたが伸び悩んでいた。曲を作るでもなく、バンドを組むでもなく、ステージに立てずに悔しい思いをしていた彼はあるとき完治に数年かかる病気にかかった。

治療にかなり大金がかかるそうでバイトで貯めたお金は治療費に消えた。大阪で7,8年夢を追った末、彼は鳥取に帰ることになった。

「アレルギーになってさえいなければ・・・」という思いがないといったら嘘になるだろう。だが、御誂え向きに地元に帰る理由が見つかったというのも事実ではないのだろうか。親も友人も「それなら仕方がないね」と同情するに値する理由ではないのだろうか。

 

とにかく、病気は他人からとやかく言われにくい事象の一つであり、ある種とっておきの必殺技になる側面も持ち合わせているのではないだろうか。

きょむきょむのきょむ

人は生きるために眠るのであって寝るために生きるのではない。しかし睡眠欲に負け越している私はしばしば眠ることに全力になりすぎる。

 

読みたい本もある。聴きたい音楽も動画もたくさんある。将来のために身につけなければならない技能の習得に多くの時間を費やしたい。だがしかし、今日も今日とて己の向上心や探究心は睡眠欲の前に身を潜めてしまう。

 

体のコンディションと心のモチベーションがマッチする日が休日に重なることは中々少ない。連勤後の連休初日は丸一日寝て過ごしてしまうことも多々ある。

半日以上惰眠を貪ったあと、暗くなった空を部屋から見て嫌悪感を感じつつも二度寝する。のび太くんもびっくりの睡眠人間だ。

矢のごとごとし

Apple Musicにポルノグラフィティがあってテンションが上がった私です。同じ時期にゲームボーイカラーでやっていたドンキーコングワリオランド3のゲーム画面が一緒にフラッシュバックした。ワールド☆サタデーグラフティを聴くと氷のステージを思い出す。

 

ついでにsurfaceのギターやメロディラインがツボで聴き漁っていた。ライブ音源はそこそこだった。ファンキーなギターは海外のノリがやっぱりグルービィー。

 

いまだに肩がと首回りが痛いので早めに就寝しょうとするが電気も消さずに寝落ち。4,5時間で起きてしまい、浅い眠りに嫌悪感。

 

今度こそしっかり就寝したい

偏頭痛

偏頭痛と書いた後に「ずつう」なのか「づつう」なのか一瞬分からなくなった。浸しておく「漬ける」は「つける」だから「福神漬け」は「ふくしんづけ」なんだろう。その場合は「ず」ではなく「つ」に点々なのだ。なのか?

 

「意外」と「以外」を間違えてる人を見るとおやおやとなるが、私も人のこと言えない。東西南北も怪しい。干支に至ってはさっぱりだ。ネジは右回しで閉まるのは知っている。あとは結構知らない。どうでもいいがここ数年ゲシュタルト崩壊が凄い。文字を見ると100回に一度は文字の書体の形に自信が持てなくなる。

 

話が逸れた。頭が痛いなと思って外に出ると雨だった。低気圧だと偏頭痛が酷くなる人がいるそうだが私も仲間入りしたのだろうか。頭の左奥がズーンと痛み、こめかみが締め付けるように重く痛い。ロキソニンか風邪薬、どちらを飲む悩んだ末にロキソニンを飲んだ。

 

冷蔵庫は空っぽだったので水と冷えピタでしのいだ。後日、薬局にポカリとウイダーゼリーを買いに行った。R-1とヨーグルトもいくつか購入し、しめて3000円以上だった。

 

今日もなんとなく肩と首が重い。完治してほしいと願いながら栄養ドリンクに手を伸ばした。5連勤、どうやなることだか。

 

 

そういえば句読点の使いかたも自信がない。勉強しなければ。

 

本を読む

ブログを書いてると「とりあえず文字を埋めればいいや」という発想に至った地元の文字書きの友達を思い出す。「あああああああ」という悲鳴で一ページを埋め尽くしてページ数を稼ごうとしたのだ。天晴、しかし書く側に立ってみると気持ちはわからんでもない。

 

他人に勧めらた「そもそも島に進化あり」という本が読みかけだったので一気に読み切ることにした。鳥類学者の作者が島の成り立ちと崩壊についてユーモアたっぷりに紹介していた。私の現在のブログの書き方はもれなくその作者に影響を受けている。

 

伊坂幸太郎の本、乾くるみの本、藤巻メソッドと読まずに積まれていく本が増えて行く一方で最後まで本を読めたのは久しぶりに少し達成感があった。

1時間も同じ体制で読書できないのを実感すると体の衰えや集中力の低下を思い知らされグッと悲しくなる。気の持ちようだと自分に言い聞かせてみる。

 

話は変わるがウーバーイーツとやらが便利すぎてますます家から出なくなりそうだ。プラスでかかってくる送料を気にせずに注文できるくらいには豊かになりたいものだ。

 

トンテキ最高

間が空いて

継続は力なり。何よりも毎日欠かさず続けることが大事だと成功者は口を揃えて言う。

 

完璧主義者ではないが一度部屋が汚くなると加速的に汚くなるように、一度継続が切れてしまうと何か糸がプツンと切れたように課せられた使命を放棄してしまうのはよくあることだ。

 

何をしてサボっていたのかは大抵覚えていない。体調不良や人間関係のストレスがきっかけだったのかもしれない。原因なんて些細なものである。

歯磨きや風呂のように一日欠かすと気持ち悪くなるくらいにまで習慣化させられたのならこっちのものだ。日々の生活の一部、旅行先だろうとやらないと違和感を感じるくらいに日常に溶け込ませたなら習慣化は大成功。頭で考えるより先に体が動いてジョギングなり勉強なりやるべき習慣をこなしてくれる。

 

覚悟が足りないのか、生まれ持っての怠惰なのか。継続を断ち切ってしまった自分を攻める原因はいくらでもある。

とはいえブログに関しては「ぐだぐだ考えるよりも、まず手を動かせ!」と先人たちが記している。

 

空は曇り模様だが明日もなんとか書き留めたい